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12月19日「日本初飛行の日」の由来と歴史、ライト兄弟の物語

2019/12/17

 

日本初飛行の日 由来空を飛べるなんて誰が考えたでしょう。

 

重い機体がさっそうと空を飛ぶ姿は人類の夢を広げてくれる凄いことですね。

 

飛行機というものを発明した人も、それに乗って空を飛ぶ勇気を持った人もすごいと思います。

 

日本で初めて飛行した記念日が存在します。

 

この記事では「日本発飛行の日」の由来と歴史、そして世界で初めて飛行機を作り空を飛んだといわれるライト兄弟についてお話しします。

 

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「日本初飛行の日」の由来と歴史

1910年12月19日徳川好敏工兵大尉という人が日本で初めての飛行に成功したことが由来となった記念日です。

 

場所は東京の代々木練兵場(現在の代々木公園)です。

 

実際のところ5日前の12月14日に日野熊蔵大尉が飛行に成功していたのですが、それは公式の飛行実施予定日ではなかったため認定されませんでした。

 

日野熊蔵大尉の飛行は「滑走の余勢で誤って離陸」という認識で飛行とは認められなかったというのでひどい話です。

 

12月19日にも日野熊蔵大尉は飛行を行っているのですが、滑走順が徳川大尉のほうが先だったということで徳川大尉のほうを日本初の飛行と決定したとのこと。

 

ライト兄弟の物語

飛行機と言えばライト兄弟と名前が連想されるほど有名な偉人ですが、どのような経緯で空を飛んだのでしょう。

 

飛行機の発明者でもあり、世界初の飛行機パイロットでもあったライト兄弟について幼いころからの生い立ちをまとめてみました。

 

ライト兄弟誕生

兄のウィルバーは1867年4月16日にインディアナ州ミルビルにて、弟のオーヴィルは1871年8月19日にオハイオ州のデイトンで誕生しました。

 

父(ミルトン・ライト)と母(スーザン)、長男(ルクラン)、次男(ローリン)、妹のキャサリンと7人で生活していました。

 

ウィルバーが三男、オーヴィルが四男だったようですね。

 

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二人が飛行機に興味を持つきっかけ

1878年に父のミルトンが教会の重要な役目になりアイオワ州に移ったのがウィルバー12歳、オリヴァー8歳のとき。

 

旅行から帰った父が兄弟に渡したおみやげがおもちゃのヘリコプターでした。

 

このおもちゃを、最初は飛ばして遊んでいた兄弟もだんだん物足りなくなり、自分たちでも模型ヘリコプターを作ったり分解したりして遊んでいた。

 

二人は凧揚げにも興味を持ち凧揚げの名人と呼ばれるほどになり、この時の凧揚げの経験も後の飛行機の研究に役立っています。

 

兄弟の子どものころ

父の転任によってあちこちの学校へと転校をくりかえしたが、やっと落ち着くことができたのがウィルバー17歳、オーヴィル13歳のとき。

 

あるときウィルバーに災難がふりかかる。

 

高校でアイスホッケーの選手だった彼は練習中に仲間のスティックが顔にあたって前歯を全部折ってしまう大けがをしてしまった。

 

けががもとで心臓を悪くした彼は7~8年間家でブラブラする生活を送った。

 

家にいることが多かったウィルバーは病気がちだった母親の看護をしながら本を読んで勉強することが多かった。

 

母親が早くに亡くなったときも父親はウィルバーの看護のおかげで2年は長く生きられたと喜び感謝した。

 

オービルは発明が好きで中学生の時には印刷機を組み立てたりして才能を発揮していた。

 

兄も妹も大学を卒業したが、ウィルバーとオーヴィルだけは高校を卒業しただけだった。

 

二人が自転車の店を開く

1980年すぎにアメリカに新型の自転車が入ってきて大流行となりました。

 

兄弟は印刷機を使っての新聞づくりをしていましたが、1892年にデイトンで自転車屋のお店を開きました。

 

最初は仕入れて売るだけでしたが、そのうちに修理も請け負うようになり、できた自転車を売るよりも自分たちで作って売ったほうが儲けになることに気づき、店の中に工場まで作りました。

 

自分たちで作った自転車には「ライトフライヤー」という名前をつけて売っていました。

 

のちに飛行機を作ったときもこの名前をつけることになります。

 

デイトンという土地は冬の寒さがとても厳しいので冬は外に出て遊べない。よって自転車の商売も冬にはひまになりました。

 

冬の間は工場で色々な発明をおこなったり、飛行機やグライダーなどもここで制作したようです。

 

初飛行まで

ドイツの航空工学の発展に貢献したオットー・リリエンタールがハングライダーの実験途中、墜落して死んだことを新聞で知った兄弟は決意します。

 

自分たちの手で動力付きの飛行機を飛ばしてリリエンタールの仇をうつと。

 

このときウィルバー29歳、オービル25歳。

 

兄弟は飛行機のことについてあらゆる勉強と発明を深めた。

 

ワシントンにあるスミソニアン協会の会長であるサミュエル・ピアポント・ラングリーにも手紙を書き、飛行機について書かれたパンフレットや論文を送ってもらった。

 

その後、飛行機を飛ばす場所も大事だということで、兄弟はすぐれた土木・建築家でグライダーの研究も行っていたパリのオクターブ・シャヌートに意見を求めるとともに、ワシントン気象台からの風速票を照らし合わせてカロライナ州のキティ・ホークという村を実験場に選んだ。

 

1903年のことでした。彼らの飛ばした飛行機は「ライトフライヤー号」です。

 

4回のチャレンジでの記録は次の通り

 

1回目・・・・・12秒 120ft(約36.5m)

2回目・・・・・12秒 175ft(約53.3m)

3回目・・・・・15秒 200ft(約60.9m)

4回目・・・・・59秒 852ft(約259.6m)

この時の飛行を目にしたのはたったの5人でした。

 

このような成果をもたらしたライト兄弟ですが、彼らが世界初の飛行者ではないという説も多く出ています。

 

なんにせよ、幼い頃から興味を持ち、何度も研究や実験を重ね、失敗を繰り返してきた人の成功はとても感動です。

 

最後までお読みいただきありがとう ございました。

 

気になったこと質問などありましたら 下のフォームからコメント頂ければ 嬉しいです。

 

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